今回はカナダや世界のニュースではなく、ちょっと個人的に違和感を感じた、日本のニュースを一つ取り上げたいと思います。
 
日本のニュースで、脳科学者の茂木健一郎さんが「日本のお笑いは権力への批評を行わないからダメ、終わっている」という発言をしたとありました。


正直、このニュースを見た時、「茂木さんは、今でも「欧米の価値観が一番!」と信じているのだろうか?」と思いました。
 
この「多様性」が尊重される雰囲気の中、欧米的な価値観の押しつけがどれだけ違和感を起こしているのか、茂木さんはご存じないのでしょう。。
 
当ブログでもいくつか取り扱ってきましたが、例えば「Cultural Appropriation」問題で、Vogueに和装した欧米女性モデルの写真が載ったことに関して非難がありました。
 
でも、当の日本人からは一切クレームがない中で、「欧米人の価値観」から引き起こされた、言ってみれば「日本人からしたら理解不能な滑稽極まりない」問題
 
これも茂木さんにしたら、「当然Cultural Appropriationに当たる」と思っているのでしょうか??


例えば、日本の捕鯨問題もこれは欧米の価値観からしたら「虐待」に当たるものだそうですが、日本からしたら食文化や伝統文化などの問題。
 
何故クジラやイルカは殺したらいけないかと言えば、「知能が高い」というのが理由の一つだそうですよ。それも「欧米的な価値観」ですよね。


これで思い出したのが、大学生の時に読んだ本で、「肉食の思想」(鯖江健一さん著)という本。
ここには「西洋人の価値基準は全てこの肉食の思想が原点になっている」ということが書いてあります。この筆者の方がヨーロッパを旅行した際に、確か宿の女主人に「日本人って小鳥を食べるんでしょう(焼き鳥のこと)?野蛮ねー、あんなかわいい生き物を食べるなんて。」と言われ、それに対して「でもあなたたちもあんなにかわいいうさぎ(野兎)を食べるじゃないですか?」と返したところ、「だって野兎は神様が私たちが飢えないようにに与えてくださったものだから。」と。多分こんな内容だったと思います・・・・。


西洋人の思想の根本には「食べられるもの」と「食べられないもの」の2つにわける考えがあり、それが長い年月でいろいろな西洋的な価値観を構成する土台になっている、というものでした。
 
当時この本を読んだとき、めちゃくちゃ納得したというか目からうろこが落ちた覚えがあります。なので今でもこの本のタイトルと著者を覚えているんです・・・。
 
上記の問答で言えば、「野兎」は捕まえやすかったので、「食料」にしやすく、一方小鳥は「捕まえにくかった」ので、「食料にできない」という状況で、食べれるものは「神様から与えられたもの」、食べられないものは「かわいいから食べない」という理由付けをしているにすぎないんですよね。。つまり、その土地・文化での「主観」による違いなだけなんです。


茂木さんは、こういった「欧米的価値観」の成り立ちの一説等も十分踏まえた上で、且つ文化的な相互理解は相手が欧米だけでなく、同じアジア内でもとても難しいという事実を理解したうえで、このコメントをしているのでしょうか??


確かに、チャップリンなど昔のコメディアンが作品の中で当時の権力を暗に批判していたり、また現在では例えばアメリカのコメディーでアレックス・ボールドウィンがトランプさんを真似ていたり、とあります。

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チャップリンの作品はさておき、アレックス・ボールドウィンのコメディは「権力への批判」というより、もっと「茶化してやろう、笑いにしてやろう」という単純なもののように思えます。決して「権力への批判」のような崇高な目的で作っていないと思いますよ。こういった作品も茂木さんはご存じないんでしょうかね??


ちょっと古いですが、2005年くらいまでイギリスのBBCテレビで放送されていた「Little Britain」というコメディが大好きでした。
 
このコメディー、イギリスらしく「ブラック・ジョーク」に富んでおり、多分今では「差別だ!」として放送できないような内容も・・・。でも当時この番組、イギリスで「子供に見せたくない番組No.1」と「今一番面白いコメディ-No.1」の、両極端な2冠を達成しているんです!でもこれも、「権力への批判」はなく、もっと日常生活をフォーカスしたコメディーでした。



私はお笑い・コメディーって、絵画や音楽、書籍などと同じく「芸術」だと思っています。
何もないところから、「人を感動させる・人を笑顔にさせる・人を驚かせる」作品を生み出すのですから。なので私はお笑い・コメディーはその国が誇るべき芸術だと思っています。


そう考えると、芸術とはその国の文化が強く影響していると思うんです。


例えば、これも私が大学生時代に読んだ、今でも好きな本の一つですが、ナサニエル・ホーソン著の「緋文字(原題:Scarlet Letter)」というのがあります。これは当時のアメリカ文化(今でもそうだという地域も多いと思いますが)の重要な要素である「キリスト教」が強く影響している作品であり、とても考えさせられる内容です。この本は、アメリカ人が読むのと日本人が読むのとでは、またキリスト教徒が読むのと非キリスト教徒が読むのでは、受ける印象が違ってくるのでは?と思う作品です。


お笑い・コメディーも同じだと思うんです。その国の文化を強く反映していると。
 
例えば、落語。これって日本が誇る芸術の一つだと思います。私は落語に殆ど詳しくはありませんが、それでも有名どころは知識として知っています。そういう私でも知っている有名どころは「権力への批判」を題材にしている訳ではありませんよね??例えば有名な「目黒のさんま」にしても、これはお殿様に対する「権力への批判」ではなく、「お殿様の世間知らず」が生み出す「誤解」を笑いに昇華させているもので、ほのぼのとした笑いを生み出すものですよね?誰もこれを見て「お殿様を倒せ!権力者を倒せ!」とは思わないですよね・・・。


この「目黒のさんま」は日本のお笑い文化・コメディー文化としては「欧米的価値観を基準として国際水準」からみて「終わっている」作品でしょうか?
 
私はそうは思いません。この作品、アレンジして海外でやっても絶対に受けると思いますし、「世間知らずなお殿様」を笑いの題材にしている点で「裸の王様」に似ていると思います。
「裸の王様」は海外でも人気のない作品でしょうか??


勿論、日本でも「権力を批判した」芸術・文学・お笑いはあると思います、それも沢山。
例えば、豊臣秀吉が天下を掌握した時に作られた狂歌?落首?と言うのでしょうか、それに:


「末世とは 別にはあらじ 木下の 猿関白を 見るにつけても」
「押し付けて いえばいわるる 十楽の 内は一楽も無し」


というのがあり、秀吉はこれを見て激怒して犯人を捜して目をくりぬき鼻をそげ!と命令したと言います。
 
この作品は、茂木さん風に言えば「国際水準に達し」ている、「権力を批判」した優秀な作品となるのでしょう。


では同じような「歌詠み」で、日常を読んだ小林一茶や良寛などは上記に比べて「格が落ちる」、もしくは「駄作」なのでしょうか??
 
もし本当にそうであれば、現代まで残っていませんよね。。。



お笑いを含めてその国の文化・芸術というのはその国の歴史や土壌と密接な関係があり、それによりその国独特の形態をなしていくと思うんです。

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日本の落語や欧米の「スタンダップ・コメディー」のように。それを鑑みることなく、乱暴に他国の「価値観」を当てはめて批評するのは、欧米諸国が植民地支配争いをしていた当時のような「傲岸」なやり方だとしか思えません。どちらが優れている、劣っているという問題ではなくそれは「文化的土壌」の違いが問題であり、もっと言うならば、お笑いも芸術の一つだと思っていますので、「権力に批判的であろうがなかろうか、後世に伝わるもの・残るものこそ傑作」というのが優劣を決める唯一の判断基準ではないでしょうか??


そもそも私は、世間一般に影響力のある人が自身の「政治信条」を語るのは危険な一面があると思っています。
 
その典型的な例が今のアメリカ。セレブな人たちが反トランプ、難民保護、イスラム保護を訴えていますが、ブログでもお話した通り、彼・彼女たちは「難民がいようと、イスラム教があろうと」自分たちの生活には一切影響のない、別次元から「上から目線」で「好感度」を考慮した、いわばパフォーマンスの一種だと思うんです。もし本気で上記件を考えているのであれば、難民たちと一緒に住んだり、資産を寄付したりするはずです。「安全な場所」から「建前」だけで行う、いわば偽善的行為に嫌気がさした、「一番痛みを味わっている」人たちがトランプさんを選び、イギリスのEU離脱を決めたんです。この間の大きな隔たりはセレブの人たちにはわからないでしょう。。


そしてセレブが声を大きくすればするほど、反発も広がります。アカデミー賞が良い例ですよね。本来政治信条を述べる場ではないはずなのに、政治的色合いが強すぎて、視聴率最低を更新・・・。
セレブたちの「欺瞞・偽善」を一般視聴者は敏感に感じ取っているんだと思います。

なので、影響力のある人が自分の政治信条を明らかにするのはかなり危険だと思うんです。人気取りのため、などの批判にあうでしょうし、また反発するものを生み出すので。。
そういった、いわば「扱いづらいネタ」である「政治・権力」に踏み込めれるかどうかでお笑いの「質」を図るというのは、どう考えても「意味不明・理解不能」でしかないんです、私個人としては。


茂木さんは私よりも沢山の専門知識もあり、沢山の人生経験もしているのでこんなことを言うのはおこがましいですが、脳科学者という専門違いにしても、自国の文化に対して安易に他国の価値観を当てはめて批評するのは「底の浅い、薄っぺらい」知識しか持っていないことの証明だと思います。


私のブログと同様、茂木さんもSNS上での「個人的な発言」だったのだと思いますが、茂木さんほど有名であれば、こういった発言をすればどういう反応があるのか、それを見た人がどのような気持ちになるのか、「脳科学」では分からなかったんですかね???それとも「炎上商法」???




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