ミスコンと言うのはもう長いこと「女性差別だ」とか、「容姿による差別だ」とか言われてきていて、日本でもコンテスト自体が取りやめになったケースも多々あると思います。なんというか、私はやっぱりこれも一種の「言葉狩り」と言うか、「度を過ぎた弱者擁護」論だと思うんです。


こちらのメディアでも日本のメディアでも、例えば俳優さん・女優さんなどの人気ランキングとかありますよね?また好きな○○(アナウンサー、など)ランキングとかも。もうその「ランキング」制度自体がコンテストと一緒だと思うんです。まあ違いは自薦・他薦でしょうけど、上記コンテストには自薦できているんでしょうから、ある程度「容姿に自信のある人たち」が、「容姿による」判断をされるのを分けってきているわけですよねー?!

MISSA SEP162018 01
(今年のミス・アメリカ。Global Newsサイトより。)

それが、今回のミス・アメリカコンテストでは、その容姿による判断ではなく、「政治的な考え方」等によって判断されて選ばれたんだそうです。であれば、もう「ミス・アメリカ」コンテストなんて冠はふさわしくないのでは?「ミス・政治」とかにすればよいのに。無理にミスコンを残す必要はないと思います。時代とともにトレンドっていうのは変わってきますが、ここまであからさまに判断基準が違ってくるようであれば、もうそれは本来の趣旨と違うと思うんです、


極論かもしれませんが、こういった左派の考えが入ってくると、結局選べれるのは「人種的マイノリティー、キリスト教以外の宗教、非白人」等の人たちばかりとなり、逆の意味での「差別」って形になりますよね。何でもかんでもそういった思想で物事をやっていくと、必ずひずみが出てきますよ・・・。だってその表れが昨今の右派台頭であり、トランプ政権の誕生ですからねー。



もうちょっと、中道・バランス感覚を身に着けないと、アメリカも・・・。でも本当、このミス・アメリカコンテストは、こういった判断基準になるならもうやめるべきだと思うし、名前を変えるべきでは?と思いました・・・。だって、「政治的な思想」で判断されるのと、「容姿による判断」って、どちらが「ミスコン」本来の意味としてふさわしいかというと、それはもちろん容姿でしょう。そして参加者はそれを十分理解して応募しているんでしょうから。逆に政治的な思想で判断される方がよっぽど「差別」主義だと思います。


世の中本当に面倒くさいというか、簡単に「言葉狩り」ができるようになってきて、うんざりしますね・・・。







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