アメリカはジョージア州での出来事。時は2015年にさかのぼります。その当時、ある小学校で副校長をしていたBonnie Coleさん。彼女は教育の一環として「ヨガ」を取り入れました。ヨガにより、ストレスをうまくコントロールしたりできるように、と言う目的をもって。


それに対して複数の親御さんたちが、ヨガは「自分たちの信じる宗教(キリスト教)と相いれない」とクレームを付け、結果この授業は取り消しに。更にBonnieさん自身、学校側が過度にこうした親御さんたちに譲歩したからでしょうが、別の学校に転勤させられてしまいます。

Yoga MAR202019 01
(「ヨガ」に宗教性は感じませんけどね、私は。Global Newsサイトより。)

その後Bonnieさんは当時の小学校を提訴。彼女の転勤は”宗教的”な理由により行われたものであるから、と言うもの。


同様のケースって実はカナダでもあって、カナダの首都・オタワにあるオタワ大学にてヨガのコースが中止になったり、同じくオンタリオ州のある学校でこちらも親御さんのクレーム(この親御さんもキリスト教信者)により中止になったり・・・。


宗教的な対立はもう何百年も前から起こっているものであり、一朝一夕には解決できるものではありません。が、批判を恐れずに言えば、また「偏見だ!」と言う意見を恐れずに言えば、私は「キリスト教の偏見さ・不寛容さ」もかなり問題がある気がします。勿論各々の宗教には独自の教義があって、信者の人たちはそれに縛られるものなんでしょう。ただ他の宗教や「価値観が違う」ものに関する寛容性で言えばキリスト教はかなり「不寛容」だと思います。逆に良く比較されるイスラム教の方が、他の宗教にはかなり寛容ですしね。


正直こういった「宗教的価値観の押し付け」が、今の不安定な世界情勢の理由の一つではないのかな?と思っています。そういう面で言えば、「(他民族・他者への)寛容性」を「押し付けられた」人達の反動が今のトランプ大統領に代表される、世界的な「保守・自国回帰」現象に陥っている理由の一番大きいものかもしれません。で、その「自己回帰」の一つが「(自身が信じる)宗教への回帰」かもしれませんね。これは特に西側社会(キリスト教が幅広く見られる社会)で言えることなのではないでしょうか?


前のブログでも書きましたが、人類はその民族・文化・宗教・歴史等によって違う価値観を元にした生活をしており、その部分を無視した形での近年の「(他者を無条件に認める)寛容性」を押し付けられた来た気がします。この「(他者を無条件に認める)寛容性」が、自分のうちから自然と出てきたものであれば何の問題もありません。でも、政府が無理やりにこれを国民に飲ませ、同意する人たちは良いですが、同意しない人たちも「同調圧力(同意しないと、不寛容とか差別主義者とか言われる)」によって押さえつけていたと思うんです。


それに対してのガス抜きが出来なかったところに、トランプ大統領の誕生、ヨーロッパ各都市での保守勢力の増大、イギリスのEU離脱、EUやその他諸国の移民・難民受け入れ制限などに現れていると思うんです。


話が逸れましたが、何が言いたいのかと言うと、このケースのように人々はいまだに「宗教的対立」と言うか、「自身の信じる宗教に固執して対立を生む」という状況を克服できていないので、こういったケースがしばしばおこると思うんです。こういったケースが自然と無くなる時、人々は「様々なバイアス」を乗り切れるのではないでしょうか?逆にここを、上記のように、押し付けて行うと、ひどい反動が出てくると思うんです。


本当に難しい問題ですし、全人類の融和のためにできることはしていくべきだと思いますが、それでも「違い」を乗り越えられない部分が多々あり、大変だなと思わせるニュースでした・・。







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