今日はカナダから、世界からのニュースではなく、私個人の考えをちょっとご紹介させていただければ・・・。
最初に言っておきますが、あくまでも私の個人的な意見ですので、皆様の意見と合わない、納得できない等あると思いますが、そこは「こういう意見もあるんだねー」と言うような軽い気持ちで読んでいただければ、と思います。



当ブログでもちょくちょく私の考えを述べさせてもらっていますが、今日は現在の世界的な「対立」と言うか、ナショナリズムの高揚について、私見を述べさせてもらえれば・・・。


世界中で最近注目著しいナショナリズム。これはやはり私は過去10年から30年くらいの先進諸国に蔓延した「リベラル思想」が根本だと思うんです。良い意味でも、悪い意味でも。世界的に好景気だった頃、世界の先進国は「衣食足りて礼節を知る」の言葉通り、生活に不自由をすることが減って、その分礼節や道徳観を持って行動していたと思うんです。つまり、「他者に優しく。自分たちと違った人たちを暖かく包む」と言う考えかた。


これは大変すばらしい考え方ですし、私もそうなりたいと思っています。
ただし、先進諸国の全ての人が「衣食」が足りていたわけではなく、生活に苦労していた人たちもいたと思うんです。ただ各国政府はその部分は意図的に目をつぶって、「先進諸国だからこそ、後進国には手を差し伸べなければならない」と言う一種の道徳観・使命感に国全体が「酔って」いて、足元をしっかりと見なかったのかも、と言うのが私の考えです。

Argue MAR302019 01
(意見の対立・・。この溝は想像以上に深い・・。Time Magazineサイトより。)

そこから現在まで、「衣食」が足りていなかった人々は、自分たちが苦しい状況であるにもかかわらず、他人に対しての「寛容さ」を言わば強制された形になったと思うんです。そしてそれを拒否することは「あの人たちは差別主義者」と言うレッテルを貼られるという恐怖・・。なので声を上げられず、ただただ「意識的に寛容」になるようにしていてのではないでしょうか?


例えばドイツのメルケル首相やオバマ前アメリカ大統領がそういう人たちの代表で、端的に言えば、「愛を施すことで世界は豊かになれる」と言う、理想論に生きてきた人たちだと思います。勿論、それは素晴らしい理想です。


ただ上記のような「取り残され、”寛容”であることを強制された」人々や、世界経済の停滞から、「衣食」が足りていた生活から一転苦しい状況になった人々。更に「寛容さの恩恵をあずかった人々」の意識の問題も重なって、次第にギクシャクしていったと思うんです。


例えば、ドイツやここカナダもそうですが「移民」に対する寛容的な姿勢。それは素晴らしいことですが、果たしてその「移民」の人たちがどれだけ「現地のルールや文化、慣習を尊重しているか」が問題だと思うんです。私がカナダで体験した中では、ある中国人女性がカフェで店員さんに向かっていきなり中国語で話はじめ、店員さんが中国語が話せないと分かると、「なんで中国語話せないの?当たり前のことでしょ?」って言い放ったんです。しかもこういった場面を何度か目撃しています。これは一例ですし、そういう人たちは一部分ではありますが、でもそこには「現地のルールや文化を尊重するのではなく、現地を自分たちの色に染め上げよう」とする人たちがいるのも事実なんです。


極論かもしれませんが、「強制的に寛容さを身につけさせられた」人々が、その寛容さを持って受け入れた人々が「自分たちの国のルールや意見、文化等を尊重せず、自分たちのやり方で生きる」のを見て不満が爆発したのかな、と。


それが昨今、各国でナショナリズムが伸びている原因の一因のような気がするんです。


「人類みな兄弟」と言うのは素晴らしい理想です。が、人間は現実問題、宗教的・民族的・歴史的対立をまだまだ乗り越えられていません。その状況で強制的に「他人を受け入れる」のは難しいところがあると思うんです。逆にそこを自然と受け入れることができる時は、それは「国」という概念すら無くなる時だと思います。


しかしながら現在はあくまでも人々が暮らし、集まっているのは「国」単位。であれば、国が「自国民」を優先するのは当然だと思います。そうしたことから、世界各地で「強制された寛容さ」に嫌気がさした人たちが次第に声を高め、結果「国」が「寛容さの程度を下げる」、例えば移民制限をする、などが出てくるのは、自然の流れなのかもしれません。


だからと言って私は移民制限しろ、もっとナショナリズムに走れ、と言うわけではありません。あくまでも私個人の意見であって、そうした背景から世界情勢を見ないと、昨今のテロ事件等が単に「宗教的対立」と言う一側面でしか語られないことにちょっと危機感を持っているんです。だって、一側面でしか語られないと、いつも一方がまた同じように「寛容」であることだけが求められることになり、このループからは逃れられませんから・・・。


すいません、うまく話をまとめられていないと思いますし、また繰り返しになりますがこれはあくまでも私個人の意見で、皆様には好き嫌いがあると思います。


上記のように考えますので、現在の世界的な対立と言うか問題は一朝一夕には解決しないと思います。正直、ある程度お互いに距離を置くか、お互いの着地点を見つけるよう努力するか、その二つしか今のところ私は思いつきません・・・。


世界はどんどん複雑になっていく、そういう気がします・・・。







(当ブログ記事内で使用している写真・画像等は、特に出典の明記がない限り、著作権フリーの画像及び私が撮影したものを使用しております。)
スポンサードリンク