イギリスのテロ事件、被害者はケンブリッジ大学で受刑者などの社会復帰をサポートする活動をしていたそうですね。何と言う悲劇でしょう。。しかもこの事件の容疑者もそのサポート団体が行っていた活動に参加していたとか。。


この事件の後、ボリス英首相は刑の厳罰化を訴え、一方被害者家族はこの事件を刑の厳罰化に利用しないでほしい、と訴えているようです。

London Terro DEC012019 01
(こういった事件を繰り返さないためにも・・・。Global Newsサイトより。)

両者の意見はとてもよく理解できますが、イギリスを預かる首相としてボリスさんは刑の厳罰化を言わずにはおられないでしょう。。また被害者ご家族音気持ちも十分理解できますが、「新たな悲劇」を生まないため、同じような悲しみを他の家族に味合わせないためにも、ある程度の刑の厳罰化は必要だと思います。


ただ、ちょっと個人的に思ったんですが、罪を償う施設・制度と犯罪防止の施設・制度は分けて考える時に来ているのではないでしょうか?


今回の事件について、仮釈放期間中と言うことで議論が活発化していますし、日本でも仮釈放した後に大きな事件を引き起こすケースがたくさんありましたよね。


そこで、検察・裁判所及び刑務所の仕事はあくまでも「行った罪に対する刑罰」の管理と実行監視にしてみては。そしてその後は勿論量刑にもよりますが、「再犯防止のための施設・制度」の元、生活を続ける・・・。正直、殺人等で仮釈放・保護観察で社会に復帰するのは私は理解できません。人を殺して10年ちょっとで「罪を償えた」と思うのは、実行犯以外いないのではないでしょうか?また、正直そういう人が身近にいると危険を感じると思うんです。


この点、加害者人権のみ異様に保護され、被害者の人権及び被害者家族の人権はあまり顧みられないいびつな構造が見えますよね。これ、ここカナダでも一緒なんですよね。下手したらカナダの方が「加害者にやさしい」社会かもしれません。罪を犯した人間が再度犯行を犯すかどうか、そんな未来のことは誰もわかりません。だからと言って、その部分を「賭け」のような感覚で仮釈放や短い刑期に処するのはやっぱり何か違うような気がするんです。


上記提案において、例えば暴行等で10年の懲役を受けた人がいたとして、半期の5年で仮釈放になったとします。それよりも何よりも、「仮釈放」と言う制度を失くした方が良いと思うんですが・・。ともあれ、釈放された後、すぐに社会に出すのではなく、別の比較的自由な、でも移動制限のある施設で「再犯防止プログラム」によるチェックを受けさせる。。そこで再犯の恐れがないと言う場合には、社会復帰できますが、GPSによる位置把握、住居等は指定の場所で、などの制限を課す。これは私の単なる思い付きで、重い刑の人が対象に考えているんですが、どうでしょう?確かにこの場合、この人の「人権」はほぼ無視されることになりますが・・・。


良い例えではないと思いますが、こういったケースでは中国ってうまく機能していると思うんです。一党独裁の強権によって、人権無視して行動をとる。私は今の中国のチベット政策やウイグル政策には全く賛同できませんし、非人道的行動だと思います。ただ一方で、上記ケースの場合、先進諸国であるような「過度に加害者の人権を守る」と言う考えはなく、逆に「人権はく奪」に近いやり方をしているのも、ある意味「正解」(少なくとも被害者家族等からすれば)に近い行動だとも思うんです。


一人の人間(加害者)の「人権」を過度に擁護するため、確保するために、複数の「被害者・被害者家族」が生まれる状況を防ぐには、逆に一度現在の中国や中世のころの世界のように、「犯罪者の人権を制限する」ことが必要なのでは?


私のことを人権軽視、人権無視だと思う人もいるかもしれませんが、でもやっぱり世界の状況を見てみると、沢山の国、特に先進国では「罪に対する罰」の割合が異常にいびつで、被害者・被害者家族の一方的な譲歩により成り立っている気がするんですよね。結果それが第二、第三の事件を生んでいるような・・・。


殺人や性犯罪など重罪に対しては、もう少し重い刑罰、重い社会的制裁を科しても良いのではないでしょうか・・。







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