昨今のフランスとイスラム教における対立問題、世界各地で賛否が分かれております。ここカナダでもトルドー首相は表現の自由は尊重されるべきだが制限がある、と言っていました。確かにその点は同意します。これって、愛知県での「あいちトリエンナーレ2019」と構造が似ている気がします。


ただ、日本の場合は平和的に「リコール」と言う手段を使い、一方フランスでは「殺人・テロ」と言う凶悪な手段が使われていますが・・。

OCT312020 09
(フランス・ニースでのテロ。Global Newsサイトより。)

私は個人的にはこれは宗教が絡むからこそ問題が複雑になっている気がします。こういう事件が起こると決まって出てくるのが、「大多数のイスラム教徒は暴力的ではない」と言う意見。私もこれには賛成ですし、ごく一部の過激派が行動しているだけだと思います。が、一方で、自分の近くにいるイスラム教徒が過激派なのか穏健派なのか、どうやってわかるのでしょうか?


こういったことから、イスラム教徒が色眼鏡で見られるようになってくると思います。この過激派の行動自体がイスラム教徒を窮地に追い詰めていると思うんです。多分そこまで考えての行動ではなく、理性的な行動を取れないんだと思いますが・・。


トルドー首相が言うように、表現の自由にもある一定の線引きが必要だというのは私も大賛成です。が一方で、だからと言って報復手段で「殺人・テロ」を起こすのは、やはり行き過ぎと言うより、保護が必要な人たちの考えだと思います。


この対立、多分長引くことになると思います。イスラム諸国は連携してフランスへ対抗するでしょうが、そういう行動自体が多分、フランス国内やその他非イスラム国からは「脅威」に映る可能性があると思いますし、結果、イスラム教徒への差別が起こりえると思います。


一番最初の、風刺画の授業の時点で、抗議行動が殺人ではなくもっと穏健なものであれば、議論の余地・違った結末もあったと思います。特にヨーロッパでは、特にドイツの主導の元、沢山の移民を受け入れており、沢山のイスラム教徒が入ってきています。それに対する不満や不安が年々増加しており、そこにこの事件では、多分対立は大きなものになるでしょう。


カナダでも同じような状況と言うか、イスラム教徒への対応に苦慮しているところがありますので、難しい問題ではあると思います。が、どちらか一方が屈服・従わせるのではなく、歩み寄り以外には解決方法がないと思いますが、果たして今の状況で両者が歩み寄れるのでしょうかね・・・。


前にも何回もお話ししましたが、世界は20年くらい前からかな、「グローバリゼーション」と言う言葉に踊らされて、深い考えもなく、ただ熱狂だけで国々の壁を壊していきました。それが経済的な相互扶助等にもつながりましたが、一方でまだ心の準備ができていない状態で、異文化を受け入れなくてはいけない状況に追い込まれた人たちも沢山いたと思います。


それに対する反動が今出ているのではないでしょうかね。。このまま強制的に「人類皆兄弟」的に融合を進めていっても、このような悲劇が続くだけであり、その問題解決のために相手側を屈服させようとするだけの行動はますます対立を深くするだけだと思います。


人類は無理な背伸びして、理想だけを後先考えずに追いかけたんでしょうね・・・。







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